バッハの森通信第60号 1998年7月20日 発行

巻頭言 「楽しい音楽造り」

バロック教会音楽を
生活に密着した音楽にする場所を求めて

一昨年から、バッハの森では、毎年、4月末から5月初めの連休に、4日間のプログラムで 、「バロック教会音楽ワークショップ」を開いて来ました。シュヴェリン大聖堂カントルのヤン・エルンストさん、カウンターテナーのマインデルト・ツヴァルトさん、それに私の3人が講師で、合唱とオルガンをヤンが担当、声楽をマインデルトが指導、私が歌詞の説明をします。オルガンと声楽の個人レッスンもありますが、中心は合唱の練習で、今回はJ.S.バッハのカンタータ第10番「我が魂は主をあがめ」とH.シュッツのドイツ語マニフィカトを歌いました。
4日間といっても、練習は2日間、3日目には4人のソリストと器楽アンサンブルが参加してカンタータを演奏、4日目にはコンサートでシュッツを歌いました。一見、無理なスケジュールですが、実は受講生の半数(16名)がバッハの森クワイア(混声合唱)のメンバーで、1月から4ヶ月間、これらの曲を練習してきました。また、全国から集まった受講生の皆さんには、自分の声部の譜読みをしてきていただきました。
それでも、これだけの準備でコンサートを開くのは無理だという意見がありますが、このような形で合唱をまとめることにヤンは大賛成で、毎回、見事に仕上げてくれます。ちなみに、彼はハンブルク音楽大学で教えるかたわら、教会音楽の合唱指揮者としてドイツ各地で活躍中の音楽家です。ヤンの合唱指導をもっとも楽しんでいるのは、まちがいなくワークショップの受講生たちです。口々に歌いやすくて楽しいと感想を述べていました。 音楽的に優れていることが、指揮者の第一条件であることは言うまでもありません。しかし、ある演奏レベルで満足することを知らない指揮者は、限られた時間内にアマチュア合唱団を指揮してコンサートを開くことはできません。これは妥協とは違います。多分、指揮者自信が満足するというより、合唱団に満足させる、或いは自信を持たせるというべきでしょうか。
毎年あつまる受講生は、このような指導をしてくれるヤンと音楽することが楽しいのです。もちろん、この音楽造りには彼の人柄が反映しています。しかし、これはまさにドイツの教会の[カントル]の仕事なのです。カントルは、オルガンの演奏と聖歌隊の合唱を、毎週日曜日の礼拝に間に合わせる責任を持つ教会の音楽監督です。300年前、バッハはライプツィヒのトマス教会のカントルでした。トマス教会に赴任してからの数年間、彼は毎週3日間でカンタータを作曲し、3日間の練習で聖歌隊は日曜日に新曲を演奏しました。作曲に関してはまさに神業ですが、聖歌隊のリハーサルもさぞ大変だったはずです。この状況から判断して、バッハは、演奏レベルに問題はあっても聖歌隊を歌わせることができる指揮者だったと推測します。
こんなことを考えているときに、日本オルガン研究会の機関紙『オルガン研究』第25号で、ケルンでカントーリン(女性カントル)を務めている大原佳代さんの「カントーリン10年」という報告を読みました。大原さんは、これまでバッハの森でオルガン・リサイタルや合唱ワークショップを開いて下さった、私たちの友人です。この貴重なレポートで、教会音楽家が、牧師、信徒と共同して、ひとつの流れがある礼拝を作り出したときの幸福感、満足度は計り知れず、何のために音楽をするのか、という根本的な意味が確認できた、という体験や、無数にある教会の聖歌隊が礼拝で演奏する音楽が市民生活に密着していて、それがドイツのクラシック音楽の伝統を底辺で支えている、という観察を彼女は語ります。
キリスト教国ではないため一般市民の音楽活動を支える教会のない日本で、どうしたら生活に密着した形でバロック音楽を学び、演奏することができるか、という問いかけからバッハの森の活動は始まりました。幸いドイツで活躍する教会音楽家たちをはじめ、同じ思いの友人たちがプロもアマも集まって、楽しい音楽造りをしていて下さいます。更に多くの皆様のご参加を歓迎いたします。

(石田友雄)

1997年度 報告と展望

「バッハの森通信」第56号巻頭言に予告した通り、1997年度に新しいプログラムとして「音楽教室」が始まりました。具体的には、昨年秋から幼児、児童、成人を対象に開いた、オルガン科、ピアノ科、声楽科です。バッハの森にとって、音楽教室は全く未知の分野でしたから、この10ヶ月に多くのことを学びました。
まずピアノ科の希望者が予想に反して少なかった(現在、児童6名、成人2名)のに対して、全く期待していなかったオルガン科は盛況です(現在成人17名)。だたし半数近い8名は、音楽教室を開く前から、バッハの森に参加して、何らかの形でオルガンを習っていた人たちですから、音楽教室を通じて新しくバッハの森に参加した方は9名です。しかし、音楽教室が、バッハの森を広く一般に知らせる効果を持っていることは間違いありません。
ピアノ科は、バッハの森で一緒に学ぶ4人のピアノ教師が相談して開いたのですが、結局1人で教えていました。しかも、この講師に個人的な事由が生じて継続が難しくなったので、今年7月で閉じることにしました。個人的事由は別として、バッハの森でピアノ科を開く必要性について再考しています。ピアノを教えるところはどこにでもありますが、オルガンを学ぶところは少ないからです。しかもバッハの森には、アーレントオルガンという名器と辻宏氏製作のポジティブ・オルガンがあります。「バロック教会音楽」をテーマにするバッハの森の使命が、オルガン教育にあることは明らかです。現在、オルガン科に児童の生徒はいませんが、希望者が入れば始める用意はあります。
もうひとつの問題は、音楽教室が「個人の御稽古ごと」を学ぶところという世間の常識です。この常識は、オルガンが、本質的に「学習コミュニティー」の中でのみ学ぶことができる楽器だという私たちの理解と矛盾します。そこでオルガン科受講者の意識をどのようにして高めるかが、課題として残っています。


たより

4日間の「バッハの森」でのワークショップから帰宅してから4日になりますが、まだ夢から覚めず、目には筑波の新緑や奏楽堂に集まる大勢の方々の面影が浮かび、耳にはココロ慰められる優しいオルガンの音色や、繰り返し練習したカンタータが渦巻いています。十数年の間、想像するだけでしたバッハの森に、ついに身を置くことができ、ともに歌い、憧れのアーレント・オルガンを弾かせいていただいた喜びは、言葉では言い尽くせないほどです。
今はバッハの森がとても身近に親しみ深く思い出されます。細やかな御配慮でワークショップを御準備下さり、温かく迎えて下さった石田先生御夫妻、スタッフの皆様、そして合唱練習のときに両隣で支えて下さったバッハの森クワイアの方々に、心からお礼申上げます。
今回初めてワークショップに参加させていただいたので、スケジュールに追い付いて行くのに必死でした。すべてに感心し、すべてに驚いて過ごしておりました。御願いとしては、課題曲などについて前もってもう少し知識を頂けたらと思いました。今回取り上げて下さった「マニフィカト」については、今まで勉強する機会がなかった曲ばかりでしたので、大変大きな出会いとなりました。セミナーでは、この音楽の基になった「マリアの賛歌」を理解させていただき、オルガンのレッスンではその一言一言の音形に表現されていることを教えていただき、目の覚める思いでした。そこを見極めた上で、それではどのような音でどのように弾きたいのかという問いかけがあり、オルガンを演奏するということの本当の順序を教えて頂いたという気がしました。それぞれの考え方と個性による演奏を聴きながらのレッスンからは、多くのことを学ばせていただきました。二日にわたるコンサートの中で、オルガンのための課題曲をほとんど全部ヤン先生が弾いて下さったのが、また深く心に残りました。素晴らしいコンサート、温かい交わり、おいしい御料理のパーティーを度々思い出しながら、満たされた思いでおります。
本当にありがとうございました。

(福岡市 古沢啓子)

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ワークショップとフェスティバルが無事に終わり、ヤンさんとマインデルトさんも帰国なさり、ほっと一息なさっていただけたでしょうか。毎年、フェスティバルが終るたびに、充実した世界的(!)な企画を実現させ、感動を味わせていただける幸せに、先生方のエネルギーに驚き、御苦労に感謝でいっぱいでございます。今年は御誘いした友達も大勢来て下さいました。皆さん、佳き時間が過ごせて本当に良かったという感想でした。大学生の娘さんと一緒にいらした友人は、帰宅してから「こんな時間があるなんて夢みたい」と言われたそうです。別の友人は、いわゆるコンサートにはないプログラム構成の素晴らしさと、何か身に降り注ぐようなものを感じて感動したという感想を聞かせて下さいました。小学生の男の子の兄弟には、オルガンの「メロディーが追いかけっこしている」のが面白く、定時制高校の先生をしている友人には、特にハンドベルの点鐘が印象的だったようです。

(つくば市 石井和子)

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山の緑がいよいよ深くなってきました。御元気でお過ごしのことと存じます。先日は岡崎で、思いがけず石田先生の楽しいレクチャーと一子先生のオルガン演奏を拝聴して、とても有意義なひとときを過ごすことができました。今年もヤン先生とマインデルト先生を迎え、さぞ楽しいワークショップだったことでしょうね。参加出来なかったことがとても残念です。娘の出産後、すぐ御手紙をと毎日思いながら、あまりの忙しさに筆を持つと眠ってしまう毎日でした。ようやく一ヶ月も過ぎて、少し余裕ができ、孫の御昼寝の間に筆をとることができました。おかげさまで、娘は無事、女児を出産いたしました。これからも新メンバーを加え、またバッハの森に行けることを楽しみにしております。先日、日立の石田啓子さんから御電話をいただき、バッハの森に合唱と声楽のレッスンのために毎週楽しく通っておられると聞き、とてもうらやましく思いました。まずは御報告まで。

(愛知県足助町 松岡春子)

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今年はいつも楽しみにしていたワークショップに参加できず残念でした。きっといつもながら盛り上がったことと思います。私の方は、予定日より5日遅れましたが、5月13日に無事女児を出産しました。名前は「愛」と書いて「まな」と名付けました。またバッハの森で皆様と一緒に歌うことができる日を楽しみにしています。まずは御報告まで。

(東海村 今野照子)


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