バッハの森通信第64号 1999年7月20日 発行

巻頭言 「参加者募集」

心洗われる思いの
源流を求める「歩け歩け」に

 『筑波の友』は、筑波学園都市とその周辺地域の住民生活に密着して、この14年間、幅広く問題提起をしてきた月刊誌です。私もこれまで2回、編集者の竹島茂氏と誌上対談をさせていただきました。その6月号に、さる5月4日にバッハの森で開かれた「教会音楽コンサート」のレポートが掲載されました。寄稿者は太田耕平氏。一昨年から「霞ヶ浦湖畔歩き」という市民参加の体験エコロジー活動の世話役をなさっていて、現在は湖岸一周252キロ踏破の3回目に挑戦中の方です。

 創立以来15年間、いろいろなメディアがバッハの森を紹介してくださいましたが、その大部分はいわゆる取材に基づく記事や映像であったため、私たちバッハの森のメンバーの説明というプリズムを通した報告になりがちでした。しかし、太田さんは、バッハの森の活動に参加した自分の体験に基づいて、このレポートを書いてくださいました。そのため、第3者がバッハの森の活動をどのように理解し、何を感じたかということを教えてくださる貴重な報告になりました。そこで、太田さんの報告に答える形で、紙上対談をさせていただくことにしました。

 「・・・つくば市にパイプオルガンを備えた奏楽堂を持つバッハの森というところがあります。・・・せっかく近くにあるのだから一度訪ねたいと思いながら、なかなか機会を得なかったのですが、今回霞ヶ浦歩きが縁で、私の希望が実現しました。・・・湖岸歩きのもともとの主催者『筑波の友』発行者の竹島さんからお誘いをいただいたのです」。この書き出しで思い出すのは、一度訪ねてみたいと思いながら10年たったという方のことでした。こういう方が大勢いらっしゃるようです。

 「私自身は・・・信仰のある世界にはいませんし、いずれバッハと思いながら、バッハ理解にはそれなりに勉強しなければならない多くのことがあるだろうなと感じるところもあって、正直のところそのしんどさを思ってなかなかバッハの世界には飛び込めないでいるわけです。いい機会をいただいたという思いで、行くことにしました」。太田さんがためらっていた本当の理由は、キリスト教という異文化に対する「しんどさ」だったことが判ります。まさにこのような、日本人知識階層が一般に感じている「しんどさ」を、文化的理解によって克服することをバッハの森は目指しています。これは、教会の宗教活動とは明らかに違うアプローチです。

 「・・・石田先生のお話しは・・・ミサ曲についての詳細な解説で・・・興味のあるお話を聞くことができました。バッハを理解するためには、キリスト教と教会音楽について学習する必要があるという、石田先生の情熱が伝わってきました。・・・それは久しぶりに大学に戻って充実した講義を聞いたような感激を私に与えてくれました」。このように、太田さんが、私たちのアプローチを正しく理解してくださったことは、大変嬉しいことでした。

 「・・・この日の教会音楽コンサートは私に心地よい刺激を与えてくれました。ご承知のように、私は今、足を使って霞ヶ浦湖岸を歩きに歩いていますが、頭(知識-学習)の歩け歩けもあっていいのではないかと思うようになっています。ちょうどいい機会を与えてもらったので、バッハの森を少し頭で歩いてみようかなという気持ちにさせられました。それはそれは深い、いくら歩いても先の見えない深い森のような気もしていますが、心洗われる思いの源流を求める歩け歩けは、やってみる必要はあると思っています」。

 「頭の歩け歩け」とか「心洗われる思いの源流を求める歩け歩け」という、歩け歩けを実行していらっしゃる太田さんならではの言い回しで、バッハの森が目指していることを的確に表現してくださったことに、大変感激しました、バッハの森を一度訪ねてみたいと思いながら、「しんどい」と感じていらっしゃる皆さん、10年も待たないでください。太田さんが報告しているように、皆さんの「しんどさ」を克服する面白さが、バッハの森にはあります。それは、歩け歩けと同じように、ただし内面から、私たちを元気にする面白さです。

(石田友雄)

1998年度 報告と展望

 「バロック教会音楽」を学ぶための総合的なカリキュラムを目指してプログラムを校正するバッハの森は、大学でもカルチャーセンターでもないことを示すために、4年前から「学習コミュニティー」と名乗ることにしました。その経緯については『バッハの森通信』第55号(1997.4.20)に報告しましたから、ここでは繰り返しません。振り返ると、この4年間、バッハの森が「学習コミュニティー」として着実に成長してきたことがよくわかります。まず4年前、96年度に「バロック教会音楽ワークショップ」を始めました。ヤン・エルンスト氏(シュベリン大聖堂カントル)とマインデルト・ツヴァルト氏(カウンターテナー歌手)をドイツから講師に迎え、全国各地に住むバッハの森の会員が参加して開く4日間の「講習会」ですが、中心となる参加者はすぐ定着し、毎年レベルも向上してきました。

 次に3年前、97年度から「音楽教室」を開講しました。バッハの森の活動に必ずしも必要でないことがすぐ分かったピアノ科は1年で止めましたが、パイプオルガン科と声楽科は活発に活動を続けてきました。しかも「音楽教室」で学ぶ人たちの中からバッハの森の運営活動に積極的に参加する人たちが出てきました。これは「学習コミュニティー」を目指すバッハの森にとって、大いに歓迎する現象です。

 もう一つの新しいプログラムとして、昨年98年度から「クワイアのためのラテン語クラス」が始まりました。午後5時30分に合唱練習が終わったあと7時までの90分足らずですが、昨年歌ってきたミサ曲の中から「クレドー」をテキストに、ラテン語初級文法を学びました。しばしば質疑は文法にとどまらずテキストの内容をめぐる議論に発展して大いに盛り上がりました。このクラスが合唱のレベルアップに貢献したことが実感されたため、新年度にはさらに活発になることが期待されます。

統計報告はオンライン版では省略します

リポート

今年は4月から6月の3カ月間に、コンサート2回、ワークショップとフェスティバル、それに公開講座を開いて春のシーズンを終わりました。バッハの森の運営能力を少々オーヴァーした企画でしたが、いずれも内容豊かな集いで、また一段上に登ったと感じています。

オルガンコンサート 4月18日

 アメリカから橋本英二氏を迎えて、6年ぶりにチェンバロが鳴り響きました。普段、バッハの森では聴かないスカルラッティの音楽をばりばり弾く橋本さんの演奏を聴いて、ある人は「エネルギーを頂いた」といい、ある人は「ショック」で言葉もありませんでした。コンサートの後のお茶の会では、アメリカ、ヨーロッパで活躍している様子をうかがい、特に若いメンバーには、「有意義な経験と出会い」になりました。


バロック教会音楽ワークショップ 5月1日-4日

 合唱とオルガン指導にヤン・エルンスト氏、声楽指導にマインデルト・ツヴァルト氏を迎え、年1回開くワークショップも4回目になって、講師も参加者も良い意味で慣れてきました。4日間、音楽漬けの過密なスケジュールを、リラックスした雰囲気で緊張感を持続しながら楽しむという、理想の形に近づけたと思います。最初2回の課題曲はバッハのカンタータ1曲でしたが、去年、シュッツの《ドイツ語マニフィカト》を加えたところ好評だったので、今年はカンタータの他に、パレストリーナの《ミサ・ブレヴィス》全曲を歌いました。さすがに練習時間が足りなくなり、コンサートで演奏するためには少々問題が生じましたが、相当数の参加者から、ミサ曲が歌えてよかったという声がありました。来年のプログラムをどうするか考え始めています。皆さんのご意見、ご希望をお聞かせください。


バッハの森フェスティバル 5月3日-4日

 参加した多くの皆さんが、感動があり楽しかったと話してくださいました。代表的感想を紹介します。「楽しく過ごさせていただきました。参加型のコンサートはアットホームで、とてもリラックスして聴けました。レクチャーもミサの流れやカンタータの内容など、改めて考えさせられ、理解を深めることができました。ミサの形式で進められるコンサートでは、無理なく心を神に向け、共に賛美することができました。演奏していらっしゃる方々の熱意や楽しさがよく伝わってきて、次は自分も参加してみたいという気持ちになりました。いろいろご準備してくださった方々に感謝しています。パーティーのごちそう、とてもおいしかったです。ゆかりの森の宿舎もゆったりとしていて素敵ですね。新たな出会いが広がりそうです。」


オルガン・コンサート 6月13日

 和田純子さんは、本誌4月号「プリヴュー/予告」で、バッハの森のアーレントオルガンを最高のキチン、演奏する17世紀のオルガン音楽を最高の食材にたとえ、おいしいごちそうになるかどうかは調理人(オルガニスト)の腕次第だと語りましたが、果たして切れ味鋭い見事な包丁さばきで、最高の音楽を聴かせてくださいました。「特に詩篇24篇、コラール編曲、前奏曲とフーガと続いた、プログラム最後の配曲が印象に残りました。《強気雄々しき王》に向かって《われらここにあり》と対話をしているようでしたという感想がありました。コンサート直前の短いレクチャーには、コンサート参加者の約半数が出席しましたが、演奏されたオルガン曲が一般に知られていない音楽であったこともあり、音楽を理解して味わうためには絶対に必要だったというのが、一致した感想でした。
 さて、このようなコンサートをシリーズとして続けていくことが大切だという和田さんのご意見に大賛成なのですが、いざ実行するとなると、バッハの森はまだ非力です。ここに最高のキチンと最高の食材、それに最高のシェフまでそろいました。いつでも最高のレストランを開店することができます。しかし、誰が賞味してくださるのか、それが問題です。


公開講座:三位一体の音楽 6月27日

 第1部のレクチャーでは、三位一体祭と三位一体の教護を告白する典礼文書「クレドー(われ信ず)」の成り立ちについて短い説明があった後、「クレドー」あるいは「クレドー」に基づく歌詞による、11世紀のグレゴリオ聖歌、16世紀のルターの典礼歌とパレストリーナのミサ曲、17世紀のコラール、そのコラールに基づくバッハのカンタータという宗教曲の歴史的流れが、一部演奏を交えながら解説されました。第2部の教会音楽コンサートでは、特にS.シャイトのオルガン編曲と共に《われらみな唯ひとりの神を信ず》を全3節歌った後で、バッハの『クラヴィア練習曲集』第3巻から、同じ典礼歌のオルガン編曲が演奏され、またパレストリーナの《ミサ・ブレヴィス》から「クレドー」をバッハの森クワイアが歌いました。
 オルガン演奏については、「キリエの前のトッカータがとても美しくてぼーっとしてしまった。」「《われなみな...》では、力強い創造者である父なる神のイメージがよく聞こえた」という感想があり、合唱については「歌詞がはっきり発音されていて訴えるものがあった」という感想が多数ありました。



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