バッハの森通信第66号 2000年01月20日 発行

巻頭言 「終末ニヒリズムの克服」

生きる喜びとしての教会音楽

 2000年、ミレニアム、Y2Kと、騒々しい年末年始でしたが、今年も沢山いただいたクリスマスカードと年賀状のなかに、ドイツの旧友から来た招待状がありました。 彼女の60歳と彼女が世話をしている神父様の96歳の誕生日を記念して、(日本なら年女に年男!)、ホームコンサートを開くから来てくれると嬉しい、ということでした。ところが、その日付が、なんと20000年7月15日と書いてあるではありませんか。いかにも彼女らしい、そそっかしいタイプミスなのですが、文字通りとれば18000年後の招待に、大笑いしてしまいました。

 初笑いをした後で、実を言うと、18000年後に果たして人類は地球上に生存しているだろうか、という疑問がふと頭を横切り、ゾクッとしました。知らず知らずのうちに、昨今流行の悲観主義という「病い」にかかっていたようです。世の中では、千年紀の区切りの年にあたり、100年後どころか1000年後の予想すら盛んな正月でした。さすがに1万年後の予想にはお目にかかりませんでしたが、これらの未来予想には、総じて悲観主義的な雰囲気がただよっていました。それは、現在の浪費型生活様式をこのまま続けていけば、1000年後はおろか、100年後に人類が地球上に生存していることができるかどうか疑わしい、という危機意識です。このような危機意識は、今や世界の人々のコンセンサスになっているようです。

   しかし、人類が死に絶えるという危機意識は、昨今始まった現象ではありません。現代の科学的データに基づく実証的議論ではありませんが、少なくとも数千年前から、世界が終るという予感に人間は怯えてきました。それも遠い将来ではなく、もうすぐ世界は終るという警告だったため、終末の年月日を特定する人々まで現れて、世間を騒がせてきました。当然、これらの予言はことごとく外れ、彼らが偽予言者だったことが明らかになるの ですが、それにも懲りず、次々に終末予言をする人々が現れます。昨年1999年はノストラダムスの終末予言が外れた年でしたが、これからもこの種の偽予言は続々と現れるでしょう。終末は大きな関心事だからです。

 実際、偽予言は論外として、終末論をすべて馬鹿気た迷信と見なして片づけることはできません。宗教文化史を学んでみると、キリスト教は、まさに終末の危機意識から生じた宗教だったことがわかります。そして、その終末論は、欲望をコントロールせずに生きる破壊的な生き方の抑止力になりました。同時に、希望をもって終末を待つ積極的な生き方も教えました。

 ところで、バッハの森は、バロック時代の教会音楽をテーマに活動している文化団体です。わたしたちがこのテーマを選んだ理由は、教会音楽こそキリスト教文化が生み出した華であり、キリスト教会の枠を乗り越えた偉大な普遍的文化遺産だと考えたからです。ですから、わたしたちは、教会でも宗教団体でもありませんが、教会音楽の学習と演奏を通して、単に音楽のための音楽を追求するのではなく、この種の音楽の本質を形成している、破壊的な生き方の抑止と積極的な生き方を体得したいと願っています。

 そのために、古典宗教は大きな役割を果たしてきましたが、明らかに古典宗教が一般性を失った現代社会において、それに代わってセルフ・コントロールを教える一般的な理念や制度を、現代人はまだ発見していません。ところで、現代人がセルフ・コントロールを身につけるための有効な一つの手段として、わたしは、伝統的な教会音楽を考えています。そこには、セルフ・コントロールを教えてきた古典宗教(と言ってもこの場合キリスト教ですが)のエッセンスが籠められていますが、音楽として、教会の枠に縛られることなく、わたしたちはそれを学ぶことができるからです。

 さて、先に述べたとおり、科学的データに基づく現代の終末論が、人類の絶滅が近いという危機意識を広め、そのために、社会一般に悲観主義という「病い」が蔓延しています。そのこと自体、危機的だと考えます。「絶望は死に至る病い」だからです。明日死ぬとわかったら、あなたならどうしますか。「食え、飲め、明日は死ぬのだから」と言う人々がいた、という2700年前の記録が、旧約聖書に収録されています。このニヒルな姿勢は、膨大な累積赤字を無視してさらに赤字国債を発行し、景気浮揚という飽食型生活を維持しようとする、わが国の来年度予算に通じます。「食え、飲め、どうせ明日は死ぬのだから」という終末ニヒリズムが、今、世界中で流行っています。この「死に至る重い病い」を克服するには、結局、各人が生きる喜びを発見することしかありません。これが、バッハの森でわたしたちが、教会音楽を学び楽しむことに、夢中になっている理由です。

(石田友雄)

報告

 昨年の暮れ12月に、バッハの森では、「クリスマス・コンサート」、「子供のためのクリスマス」、そして「クリスマス祝会」と、3回の“クリスマス”をしましたが、どの催しも、例年に勝って充実した喜びに満ちた“クリスマス”になりました。

 クリスマス・コンサートは、コラール「いざ来たりたまえ、異邦人の救い主よ」をテーマに、オルガン独奏、ソプラノ独唱、合唱、斉唱の後で、バッハのカンタータ第106番「神の時はいと良き時なり」から終曲「栄光と讃美、栄えと誉れ」を、2本のリコーダーとオルガンの伴奏で合唱しました。そして演奏の合間に、旧約聖書からメシア預言、新約聖書からキリスト降誕物語、それに次のようなメディタツィオ(瞑想)が朗読されました。

平和を願って

 「いと高いところにいます神様に、栄光がありますように。地には平和が、良い思いの人たちにありますように」。イェス・キリストが誕生した夜、ベツレヘムの羊飼いたちが聴いた天使の歌声です。
 平和は強力な軍事力によってのみ維持できる、という考えは昔から現在まで変わりません。古代にあっては、ローマ人が、この考えによって「ローマの平和」を達成しました。しかし、ローマ人が支配していたユダヤでは、たびたび血なまぐさい反乱が起こりました。
 教会の暦によると、クリスマス前4つの日曜日は、イェス・キリストの誕生を待つ期節ですが、その最初の日曜日には、ロバにまたがってエルサレムに入って来たイェスを、メシアを待望していた民衆が歓声を上げて迎えたという、新約聖書の物語を読むことになっています。
 彼がわざわざロバに乗って来たことには、象徴的な意味があります。メシアとは、本来、理想の王のことです。王は何よりも、彼の支配に背く者たちを力によって鎮圧し、法と秩序を維持する任務を持っていましたから、理想の王、メシアも軍隊を率い、馬にまたがって来るはずでした。この常識に反して、イェスはわざわざおとなし いロバにまたがって来たのです。
 それでも、彼がローマの占領軍を追い払い、正義の支配を始めることを期待した群衆は、歓呼の声をあげて彼を迎えましたが、彼はそのような奇跡を起こさず、かえって反乱者として処刑されて死にました。
 その後、彼はメシアだったと信じる人々の群れがキリスト教会をつくり、彼の生き方を後世に伝えて来ました。それなのに、地上に平和を実現することはできませんでした。彼らもまた、ロバにまたがって来たメシアより、軍事力に頼ったからです。力によらない平和を信じることは、それほど難しいことです。
 それにもかかわらず、毎年クリスマスがめぐって来るたびに、平和を願う世界中の人たちは、力による支配を否定し、ロバにまたがって来た方を思い出さずにはいられません。そして、力が、栄光が、天上の神様にだけあれば、地上に平和が来るはずだという思いを、天使とともに歌わずにはいられないのです。
 わたしたちも、今日、平和を願って、クリスマスの歌を歌うため、ここに集まりました。
"Gloria in excelsis Deo"

「いと高いところにいます神様に栄光がありますように」


光に満ちた世界

 クリスマス・コンサートの感動を伝える参加者の感想 から3つご紹介します。

 「大変感動しました。涙がポロポロ出てきてしまいました。なんて素晴らしい世界が広がっていたことでしょうか。リコーダーとオルガンの伴奏付きの合唱には、こみ上げてくるものがあり、光だ、光だ、と感じずにはおられませんでした。今、ここに、荘厳な大いな光に満ちた世界が広がっていると感じました。無限の世界をかいま見させてくださり、本当にありがとうございました」

 「クリスマスの本当の意味がよくわかりました。パイプオルガンの音を耳にしたとたん、身が引き締まる思いと共に、なぜかウルウルとして子供の頃に帰ったような気持ちになりました」

 「巷のコンサートとは全く違って、心の中に静かに燃えるものを感じさせる一時でした。拍手もなく点鐘の余韻が静かに響き終わったとき、音楽の豊かさを深く感じました。《異邦人の救い主よ、来たりたまえ》というテーマで音楽と聖書朗読が進行するプログラムに従って、思いを集中して終わったとき、素晴らしい充実感に満たされていました。本当にありがとうございました」



予告

NHK文化センター青山教室


バッハ「マタイ受難曲」
〜宗教文化史を学び、教会音楽を聴く〜

講師:石田友雄

日時:4月より9月まで、8月を除き、毎月1回
第3水曜日(4月19日、5月17日、6月21日、7月19日、9月20日)
午後3時30分〜5時

*受講希望者は、NHK文化センター青山教室(03-3475-1151)にお問い合わせください。

3/20の公開講座「メサイア」の予告の文章は活動予定のページに転載しました。


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