バッハの森通信 第97号 2007年10月20日発行

巻頭言

学びながら歌おう

  “グロテスクな模倣”にならないように

 最近、新聞で「聖書の版画、大胆に模倣」という見出しの記事を読みました。これは、1700年頃、オランダで作成された新約聖書の挿し絵「羊飼いの礼拝」を下絵にして、その約100年後に、「赤穂浪士討ち入り」の掛け軸を、江戸後期の画家が描いたという研究の紹介でした。事実、記事に添えられた2枚の写真を比べると、驚くほど類似した構図になっていて、幼な児キリストを抱くマリアが大石内蔵助に、幼な児キリストが吉良上野介の生首に置き換えられているように見えます。そして「意味が分からないまま、聖書の版画を大胆に模倣した、(鎖国時代の)江戸の画家の意欲は驚嘆に値する」という研究者のコメントが附記されていました。

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 この記事を読んだとき、「意味も分からないまま、よくぞ模倣したものだ」というのが正直な感想で、「驚嘆に値する」という研究者の評価には、“嘆息”しました。たとえ意味が分からなくても、母親が幼な児を抱いている姿は識別できたわけで、その幼な児を吉良上野介の生首に置き換えるという“グロテスクな模倣”をした画家は、一体何を考えていたのか、考えてしまいました。私の推論は、この画家は原画の構図を借用しただけで、原画が伝える意味はもとより、この絵が母親に抱かれた幼な児の姿を描いているという、人間の最も優しい思いの表現であることすら問題にせず、復讐という人間の残酷な思いを描く絵を作成したのだろう、ということです。要するに、彼が注目したのは構図だけで、原画の内容には一切興味がなかったということです。
 私は美術の研究者ではないので、専門家から反論があるかもしれませんが、絵画という芸術では、構図と内容がこれほど完全に無関係でありえるのでしょうか。すべての絵画には、画家が伝えたい何らかの“思い”が籠められているはずです。この“思い”と絵の構図が無関係だとは到底考えられません。しかし、この江戸後期の画家は、原画の“思い”を完全に無視することによって、このような“グロテスクな模倣”をしてみせたのです。

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 言うまでもなく、「羊飼いの礼拝」は、キリストの降誕にまつわる宗教画のテーマで、数々の名画が残されています。「今日、救い主がお生まれになった」という天使のお告げを受けて、急いでベツレヘムの馬小屋に駆けつけた羊飼いたちが、ほの暗い光りの中で、母マリアに抱かれた幼な児を、驚きと喜びに溢れ、感動して見つめている画です。
 今、バッハの森では、「羊飼いの礼拝」の場面も含む、バッハの「クリスマス・オラトリオ」に基づく「クリスマス物語」と、クリスマス・コンサートの準備をしています。秋のシーズンになると、毎年、20数年繰り返してきたことですが、改めて難しいことに挑戦していると思います。音程とテンポを定めることも決して易しくありませんが、それ以上に、ラテン語とドイツ語の歌詞が何を語っているか理解し、それを表現するためには、忍耐強く学び続けなければなりません。そうしないと、私たち日本人にとって異文化圏であるヨーロッパの音楽の演奏は、いつでも“グロテスクな模倣”になる恐れがあるからです。学びながら歌う楽しい音楽造りに、皆様も参加なさいませんか。(石田友雄)

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R E P O R T/リポート/報告 

ワクワク夢中になった2ヶ月
 バッハの森・短期集中学習
      体験記

 去る5月〜6月の2ヶ月間、名古屋近郊にお住まいのT. M.さんは、お勤めの長期休暇中に、バッハの森に泊まり込んで、「初夏のシーズン」の全コースに参加する短期集中型の学習をなさいましたが、帰宅後、その体験記を寄稿してくださいました。

バッハの森に置いてきた魂

 早いもので、6月24日のコンサートからもう10日も経ってしまいました。皆様、その後お変わりありませんか。
 私はコンサートのあった日の夜は興奮してしまって明け方まで眠れず、翌日、身体は愛知に帰ってきたのに、魂だけはバッハの森に置いてきぼりにしてきたようで、しばらくはボーっとして何も手につかない状態の日が続きました。2ヶ月間、友雄先生、一子先生をはじめ、バッハの森に集う皆さんと、素敵なオルガンの音に包まれまがら、満ち足りた時間を過ごした後でしたから、当然のことと思います。
 改めて楽しかった日々を有り難うございました。参加させていただいた講座やレッスンでは、いつも新しい発見や体験が沢山あって、その度に驚いたり、感動したり、目から鱗が落ちっぱなしでした。それが嬉しくて、いちいち先生方に発見や感動を報告せずにはいられず、まるで子供みたいだったと振り返って思います。

バッハの森との出会い

 私がバッハの森に出会ったのは、去る4月28日に開催されたオルガン・コンサート「昇天と聖霊降臨」でした。オルガンの音色や演奏の素晴らしさもさることながら、テーマに関連する聖書物語を読みすすめながら、参加者全員でコラールを歌い、そのオルガン編曲を演奏していくというアプローチに新鮮な魅力を感じて、その場ですぐ入会しました。しかも、丁度、長期休暇中の私は、好きなオルガン音楽の講習会を探していたので、5月〜6月にバッハの森で開かれる「初夏のシーズン」の講座すべての参加を申し込みました。自分でも驚きの速さで決心したわけですが、ゲストルームの宿泊を初め、いろいろと便宜を計ってくださったので、大変スムースにバッハの森の活動に参加することができました。

型から解放していただいたオルガン・レッスン

 オルガンのことですが、まず、一子先生に最後のレッスンのときに録音していただいたテープ、有り難うございました。あのテープは、今、私の宝物で、あのオルガンの音を聴くと、バッハの森に魂が帰って行くような気がします。あんなに素晴らしい音色のオルガンを、朝な夕な弾かせていただけて、あれほど幸せな毎日はありませんでした。
 どちらかというと、オルガンの弾き方も性格ももったりした私にとって、一子先生のレッスンはエキサイティングで、驚いたりワクワクすることの連続でした。型を気にして恐る恐る弾く私に、その型から開放していただくための沢山の温かいメッセージをいただきましたし、先生の言葉や姿勢から、何よりも大事なのは「情熱」だと思うようになりました。私の中に点火してくださった「情熱」の火をこれからも絶やさないようにしたいと願っています。
 それにしても、コラールとそのオルガン編曲が、あれほど奥深く面白い音楽だということは知りませんでした。それまでに慣れ親しんでいたはずのコラール:「われ呼ぶ、主イェスよ」“Ich ruf zu dir, Herr Jesu Christ”(BWV 639)を学びましたが、この歌が当時の信徒たちの神に向かう「叫び」であり、強い祈りだったことを知らされたとき、それまで持っていたイメージとの余りの違いに、目が開らかれる思いでした。原詩の精神を理解するために、このコラールに基づくカンタータ(BWV 177)を学んだことも大変有益でした。実際、ドイツ語で歌詞の内容が分かるようになってからの演奏は、知らなかったときとは全く違うものになったことに気づき、コラールを根本から学ぶことの意義を体験しました。
 一子先生から教えていただいたもう一つの音楽は、ハンドベルです。最初、ハンドベルとオルガンは全く無関係だと思っていましたが、ハンドベルで他のメンバーと息を揃えて音楽をすることは、オルガンで重視する息と重なることが分かりました。

語学を学んだ達成感

 コラールを学ぶためにドイツ語の勉強が欠かせないことは覚悟していましたが、ドイツ語だけではなくラテン語も学ぶことになるとは予想していませんでした。そのため、1週に数回、特別に個人レッスンの枠を設けていただき、友雄先生に教えていただくことができました。ほとんど初めて学ぶ二つの言語を初歩文法と共に学習するのは、実のところとても大変でしたが、現にオルガンで弾くコラールの歌詞や合唱で歌うミサなどを題材とする実用的、実践的な授業でしたから、学んだことの成果をすぐ感じることができる喜びがありました。仮に語学のレッスンをしていただかなかったときのことを想像すると、滞在期間中の発見や感動も半減していたでしょうし、今、感じている達成感もなかったと思います。途中で諦めなくてよかった、と心底思っています。
 最後のコンサートには、「学んだラテン語で語りながら歌う」ことを目標に参加しました。特に「ニケア信条」(Credo)を歌ったときは、これまで教会でボソボソ唱えていたときにはなかったイキイキとした喜びを体験することができました。

歴史としての聖書の面白さ

 これまで読んでもよく分からないので避けてきた旧約聖書を、「これは歴史書です」という友雄先生の解説を聞きながら読むと、面白く読めるという貴重な経験もさせていただきました。たまたま最後の講座は、今シーズンのクライマックスとなった、イザヤ書53章だったので、早く読みたいという思いでワクワクして最後の講座を待ち遠しく思えたのには自分でも驚きでした。後にキリスト教徒がイェス・キリストと重ね合わせて理解した「苦難の僕」に関する深い内容がある章を、友雄先生と一緒に読めたことはとても幸運だったと思っています。

歌えるようになった感激

 合唱指揮者の比留間恵さんには、発声の個人指導もしていただき、その他、日常生活に関しても、大変お世話になりました。自分は歌えないと思っていた私が、たった2ヶ月の間に、自分でも驚くほど声が出せるようになったことは、本当に感激でした。百面相をしたり、不思議なポーズをしたりして、余分な力を抜き、声が良く響くところを見つけ出す方法を教えていただきましたが、多角的な指導と共に何よりも恵さんの熱意に脱帽いたしました。 
 これまで、合唱もオルガン演奏とは余り関係がないと思っていましたが、合唱に参加して、他の声部を聴きながら自分の声部を歌って一つの音楽を造ることが、多声のオルガン曲を演奏するときにいかに大事か、ということを知りました。
 声を張り上げず、響きを大切にして歌うことで造り出すことができる美しい歌声、周りの人々と調和させながら音楽を造り上げる楽しさは、新しくバッハの森で発見したことの一つでした。
 この2ヶ月間にバッハの森で沢山の宝物をいただくことができました。有り難うございました。秋のシーズンも皆様とご一緒に学びたい思いで一杯ですが、休暇も終わりますから、同じようにはいかないと思います。それでも、可能な形でバッハの森の活動に連なり、勉強を続けていきたいと願っています。これからも、どうぞ宜しくお願いいたします。
 久しぶりに、こんなにワクワクして夢中になれる、楽しい時を過ごすことができました。何よりも、友雄先生と一子先生が、楽しんで活動をすすめておられるのが、バッハの森の楽しさを創り出しているのだろうと思います。どうぞこれからもお身体を大切にお元気でご活躍ください。先生たちの健康が保たれ、バッハの森がさらに進化し、発展していくことを心からお祈りしております。(T. M.)

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日 誌(2007. 7. 1 - 9. 30)

7. 20 運営委員会 参加者6名。
8. 3 来訪 鈴木欽一氏(茨城県企画部長)、大場建男氏(茨城県企画部)
9. 5 秋のシーズン開始 大掃除 参加者8名。
9. 7 運営委員会 参加者5名。

J. S. バッハの音楽鑑賞シリーズ
「コラールとカンタータ」(JSB)

9. 8 第212回(三位一体後第3主日)、
カンタータ「私には多くの憂いがあった」(BWV 21);
オルガ ン:J. S. バッハ「愛する神にのみ支配させる者は」(BWV642)、
石田一子。参加者19名。

9. 15 第213回(三位一体後第5主日)、
カンタータ「見よ、私は多くの漁師を遣わそう(BWV 88);
オルガン:J. S. バッハ「愛する神にのみ支配させる者は」(BWV 691)、
石田一子。参加者14名。

9. 22 第214回(三位一体後第9主日)、
カンタータ「この世に私は何を求めよう」(BWV 94);
オルガン:J. S. バッハ「何をわれは世に求むるか」(BWV 64/4)、
古屋敷由美子。参加者19名。

9. 29 第215回(三位一体後第11主日)、
カンタータ「お前が神を畏れることが、偽善とならないようにせよ」(BWV 179);
オルガン:J. S. バッハ「愛する神にのみ支配させる者は」(BWV 647)、
海東俊恵。参加者14名。

10. 6 第216回(三位一体後第13主日)、
カンタータ「お前たち、自分たちがキリストのものだと名乗る者たちよ」(BWV 164);
オルガン:H. シャイデマン「主キリスト、神の独り子」、
住田眞理子。参加者17名。

学習コース

バッハの森・クワイア(混声合唱)
9. 8/16名、9. 15/13名、9. 22/17名、9. 29/17名、10. 6/16名。

バッハの森・声楽アンサンブル
9. 8/10名、9. 15/9名、9. 22/10名、9. 29/12名、10. 6/7名。

バッハの森・ハンドベルクワイア
9. 8/7名、9. 15/6名、9. 22/7名、9. 29/8名、10. 6/5名。

バッハを聴いて学ぶ・キリスト教文化入門 
9. 6/7名、9. 20 /6名、10. 4/7名。

入門講座:旧約聖書の預言を読む 
9. 7/8名、9. 14/9名、9. 21/8名、9. 28/7名、10. 5/8名。

宗教音楽セミナー 
9. 14/7名、9. 21/8名、9. 28/9名、10. 5/8名。

パイプオルガン教室
9. 6/6名、9. 12/8名、9. 13/5名、9. 19/2名、9. 20/3名、
9. 26/6名、9. 27/3名、10. 3/2名、10. 4/6名。

声楽教室
9. 8/2名、9. 15/6名、9. 22/5名、9. 29 /7名、10. 6/4名=@

寄付者芳名

寄付 建物修繕費用・地上権積立会計 
 2007年7月1日から9月30日の間に、22名の方々から計378,000円のご寄付をいただきまました。感謝をもってご報告いたします。

建物維持と地上権更新のための特別会計報告 (2)
(2003年9月〜2007年3月)

 2003年9月以来、会員の皆様に建物維持と地上権更新のためにご寄付をお願いしてまいりましたが、地上権更新と改修工事が一段落いたしましたので、その報告をいたします。
 すでに「バッハの森通信」第92号(2006年7月20日発行)6頁に報告いたましたとおり、昨年3月末日までに322口、2,403,927円のご寄付があり、それ以後、今年3月末日までに145口、1,193,100円のご寄付をいただき、ご寄付総額は467口、3,597,027円となりました。
 建物維持関係の支出に関しては、04年4月〜05年8月の間に、奏楽堂、コミュニティーセンター、ゲストハウス、3棟の外壁塗装と屋根の葺き替え、その他の補修工事のために10,087,000円、その後、06年秋までに、聖書の国資料館とセミナーホール、2棟の同様の工事のために8,355,231円を支払いました。これで、バッハの森の建物の全修復工事が完了し、そのために総額18,442,231円を支払いました。
 他方、地上権更新のためには、04年4月から06年4月の間に、244万円全額を支払い2024年〜26年まで、20年間の地上権を確保しました。
 以上、創立20年目に必要となった土地と建物の保全措置の完了を、感謝をもって報告いたします。上記の収支を表記すると次のとおりとなります。
収 入 支 出 (単位円)
寄 付 3,597,027 地上権更新 2,440,000
一般会計 3,425,221 建物修復費 18,442,231
借  入 13,859,983
20,882,231 20,882,231

 借入金(13,859,983円)は、全額、石田家から無利子で借入し、これを毎年225〜250万円ずつ、5〜6年で返済する計画です。このうち、一般会計からは、毎年、約120万円しか予定できませんので、毎年の寄付の目標額は100〜120万円となります。皆様ご理解とご協力をお願い申し上げます。
 なお、返済後には、再び5棟の建物の外壁塗装と補修工事を順次しなければなりません。そのための費用として、バッハの森から石田家へ返済される借入金が充てられる予定です。(石田友雄)